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ライフ・イズ・カルアミルク

本当のライフハックを教えてやる

雑記2

ここ最近、この時間帯(20時ごろ~寝る前)になると、iphoneを切って外界と連絡を断ち、部屋で読書したり文章書いたりすることが増えた。外から連絡が飛んでくるのが煩わしい、というか、余計なことを考えたくないからなのだけど、なんなんだろう。「ソーシャル疲れ」ってやつか。だったら俺はものごころついたときからソーシャル疲れしてるよ。

思えば大学に入って丸1年、友達も作らずサークルも入らず、ツイッターもやらず一人で本読んだりゲームしたりでたのしかったし、俺はたぶんそういうふうにできてるし、願わくばiphoneもへし折りたい。以前サブ垢でツイートしたけど、俺の小さい頃の夢は知人の屋根裏にかくまわれる殺人犯だった。テレビ特番の犯罪特集でその存在を知って「あっ、俺はこれになりたい!」と思った。誰からも注目されず期待もされず、屋根裏で死ぬまで生きるだけの人間。そういう透明な存在に憧れたし、今でもそうなのだろう。俺は山奥でたけのことか採って暮らしたいよ。

話は変わって、つい先日、ある物書きの方に会ってきた。高校の頃すごく影響されて、著作を読み漁り、今でも誇張抜きでいちばん好きな物書きの方なのだけど、別に会ったからといってなにが話したいわけではなかった。ただその方が話したり考えたりする姿を見て「へぇ~」と思うだけで、俺は彫刻みたいに固まっていてほとんど話せず、それで満足だった。なんというか、「こっちを向いてほしい」「俺のことを認めてほしい」という欲求がまったくなく「ただ姿を見ていたい」と思い、それで満足してしまう。というのは、俺は何事においても言えて、高校のころ好きだった女の子も、自分のものにしたいという発想がほとんどなく、ただ遠くから眺めているだけで幸せだったなーと思い出した。

で、こういう話は俺の小さい頃の夢とつながっている。自分が世界と関わること、自分が世界に存在することに対して根源的なレベルで恐怖していて、それが屋根裏でかくまわれることに憧れたり、好きな人のこともただ遠くから見ていたい、ってあれにつながってるんだろうなーと思って、しかしこれはメンヘラ感ある。「自分が世界に存在してはいけない気がする」→「私の存在を認めて!」がわかりやすいメンヘラのルートだと思うのだけど、俺はストイックというかマゾだったから、そっちのルートへ行かずに耐えてたらこんななっただけで、たぶん根っこはメンヘラと親和性がある。だから俺はメンヘラ気味の女の子と話すと落ち着くのだな…(詠嘆)

…上記までの自分の文章をいま読み返していたのだけど、いくら考えないで書いたにしてもひでー文章だなと思う。話がとびとびというか、まったく落ち着きがない。思いついたフレーズ書いて場当たり的につないでるだけで、マジで文章ヘッタクソだなーと思うんだけど、それでもときどき文章がおもしろいと褒めていただけるのは、落ち着きのない人を目の前にして思わず笑ってしまうのと同じなんじゃねえか。まあでも、笑わせるよりは笑われたいと思うし、それだったらいいなとは思う。

「笑わせるより笑われたい」って自分で書いといてあれだけど、確かにそうなんだよなー。ツイッターでも、俺は笑わせるツイートじゃなくて、笑われるツイートがしたかったんだな、といまさら思った。いや似たようなことは考えてたんだけど、こうして言葉で整理すると、なるほどなーと勝手に納得している。もっとも、俺が笑わせようとしてするツイートはだいたいスベるし、したいしたくない以前に向いてない、という身も蓋もない事実はあるのだけど。

そういえば小説家の後藤明生ゴーゴリの喜劇を「笑い地獄」と評しているのがおもしろかった*1。笑い地獄とは「笑う者は笑われる」ということなのだと後藤明生は書いていて、それはたぶん俺が思っていることに近い。「笑われる」というのは「笑い地獄」の中を生きるということで、「笑わせる」には「生きる」という要素が欠けている。要するに俺が書きたいのは「生きる」ということで、「笑い」ということを通して「生きる」を表したいというか、俺はそういうことでしか自分が生きてることを表せないのかもなーと思った。それは文章の話だけじゃなくて、生きるうえでの態度みたいなことなのだけど。で、こういう態度はおそらく、世間一般ではマゾというんですね。

…文章に落ち着きがないと書いておきながら、そこからさらに落ち着きがなくなっていて自分でもどうかと思うのだけど、書いてて思いつくんだから仕方がない。むしろこの思いつきの訪れのために俺はわざわざ文章を書いてるのであって、書いてる途中に何も新しいことがひらめかないのなら山奥でたけのこでも採ってたほうがいくらもマシだ。マシだけど、しかしこれ読んでる人がどこまで話についてきてくれてるんだろうか。こう、理解を求めてるわけでもなく、共感してもらいたいでもないような、こういう一人よがりの文章の書き方って、前の記事で紹介した「マゾバイブル」*2観念絵夢の話法とまったく同じで、あのキチガイマゾと自分の共通点を見出してしまってうわぁと思った。

俺はキチガイマゾだ…

*1:後藤明生「笑いの方法ーあるいはニコライ・ゴーゴリ」。ゴーゴリの喜劇についてのエッセイ集で、すごく面白い。

*2:マゾバイブル、ちょっと売れたみたいでうれしい

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