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ライフ・イズ・カルアミルク

本当のライフハックを教えてやる

言葉の遅さなど

雑記 コラム

6月某日。メンヘラの某氏と救いについて話しているとき俺は先方に「結局、自分で自分を救うしかないんだ」と言いそうになって、そんなバカな、そんな酷いことがあるのか、と思い直して言うことをやめた。「結局、自分で自分を救うしかない」とは一見正論のようだけれど、それが正論として通用してしまう事態ははっきり言って異常であって、「自分で自分を救う」とはむしろ邪道、ほんの一握りの人間だけが選ぶべきだし、ほんの一握りの人間以外は選ぶべきでない邪道なんじゃないか。それはふつうの人が選べる道ではない、修行僧の道だ。というのは

…いろいろ考えたけど書くのが面倒くさい。最近よく思うのだけど、文章というのは圧倒的に遅い。しゃべり言葉ですら遅いのに、書き言葉となるとこれは本当にイライラする。洒落にならないくらい遅い。「SMは言葉より早い」とはマゾバイブルの観念絵夢の言葉だが、何を言ってるかわからないけど正しいと思う。言葉は遅い。『やるっきゃ騎士』という一昔前の漫画を最近読んでめちゃめちゃ笑ってるのは、漫画という媒体がそもそもイラストの持つ「速さ」に言葉を乗っけることができるメディアで、この作品は漫画の特性にものすごく忠実だからだと思う。『やるっきゃ騎士』は圧倒的に速い。キャラクターに一貫した内面などまったくないから、誰も逡巡しないし場面は止まらないしどんどん服が破れてみんな全裸になる。漫画は文章より圧倒的に速く、漫画という形式それ自体が持つ速さ・スピード感に忠実に奉仕しているからこそ『やるっきゃ騎士』はすごく面白くて、早く続きが読みたいのだけどAmazonで品切れしてるから復刊してほしい。この系譜をたどると『マカロニほうれん荘』なんかもっと速いのだけど、俺はあんまり笑えなかった。時代のせいかもしれない。

よそ道に逸れたというレベルではない。俺は救いについて書こうと思ったのだけど、正直言って救いというのは俺にはよくわからない。わからないし、そんなものは嘘だ、しょせん言葉の問題だと思っているフシがある。言葉の問題?というと話を矮小化しているようだけど、人間というのは隅から隅まで言葉に支配されている生きもので、その人間を支配している言葉それ自体がものすごく致命的な欠陥を抱えている、というのがそもそもの問題なのである。だから問題の根源は自分の中にあるのではなく、自分の外側にあるのであって、だから「自分で自分を救う」というのは根本的に無理な行為ではないか…いや…なんか今回は話が抽象的すぎるな。すみません。

ともあれ「自分で自分を救うことは不可能。救おうとするやつはバカ」だとするならば、「救われないものは何をしても救われない」という身も蓋もないことになってしまうし、実際そういうことも多いのだろう。しかしもし「救われないものに救いはない」としたら「救われないものにとっては救いがないことそのものが救いである」という道を探すしかなくて、それは端的に、マゾの道である。そう、言葉より速いマゾの道へ…

 

何書いてるかわからなくなってきた。だいたい救いなんて俺は何一つピンときてないのに語ろうとするから悪いのであって、だからもう一度、言葉は遅いという話に戻す。しかし「言葉が遅い」ってこの感覚、どれくらい共感されるのだろう。俺は世の中の大半の小説が嫌いで、それはもう大半の作家が言葉の遅さ・薄っぺらさに鈍感すぎる、というか問題があるのは俺のほうなのかもしれないけれど、小説のさわりを読んだだけで読み進められる気がしなくなって放り投げてしまう。なのに世の中には俺からしたら信じられないくらいの量の小説が出回っているわけで、俺は絶対におかしい、あんなもの誰が読むのだとずっと思ってきたし、今も思っている。言葉の遅さ・薄っぺらさに苛立っているのは俺だけなのか。

いや「言葉が遅い」ということは、わからない人には何を言ってもわからないかもしれないけど、それこそ俺が「救い」がわからないのと同じように、「言葉が遅い」ということもわからない人にはわからないのだろうけど、「よくわからないけど『言葉が遅い』と苛立っている変な人間がいる」ということは、わかってもらえるんじゃないか。というか、何事においてもそういう風にしか語ることができないのではないか。「救い」についてはわからなくても、「救い」を求めている人がいる、ということはわかるし、「いじめ」というのも本当はわからないけど、実際にいじめている・いじめられている人がいる、そういう風にしか何事もわからないんじゃないか、というか、そういうところにしか可能性はないんじゃないか。

俺は昔から議論というものが大嫌いで、というか馴染めなくて、だいたいにおいて議論を聞いたところで何一つピンと来ず、俺の頭は悪いんだろうかと思うのだけど、俺の頭が悪いのではなくて、議論というものが「人間」という項を抜かして成り立っているものだから俺は議論が嫌いなのだと思う。なんだこの文章。頭が悪いんじゃないか。別に頭がいい文章を書きたいわけじゃないからいいのだけど、ダメだ、脱線したらまとめられなくなった。

とにかく「人間がいる」ということ、これだけが本当に大事なことで、それ以外は瑣末な問題だという気がします。まあそれも違うんだけどな。

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