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ライフ・イズ・カルアミルク

本当のライフハックを教えてやる

みんな生きよう、という話

雑記 コラム

最近はツイートもブログ更新も捗らなくてみなさんから心配されてる向きもあるようなないようなだけど、元気にやってます。直属の上司からは仕事ぶり・営業トークも褒められてるし、俺はやっぱり営業の才能あるんじゃないか。ツキも向いてる。つい先日は、会社の備品を駅のトイレにうっかり置き去りにしてしまったのだけど、2時間後あわてて取りに行ったらちゃんと見つかって本当に良かった。後でググってみたらその備品は俺の給料の2ヶ月分近くするバカ高い機器だったことが判明して、さーっと血の気が引いた。まあでも、見つかるってことは運がいいんじゃないか。向いてる向いてる。営業はマジでチョロい。楽勝。

つっても俺はものすごく真面目で、客先と話をするときはコミュニケーションに持てる力を全部注がねば。と思って、あるいはオフィスにいるときも、上司とのコミュニケーションを全力で円滑に進めねば。と思って、こっそりトイレの個室でズボンのポケットからおもむろにウィスキーのボトルを取り出して飲んでテンションを上げるなどしてるのだけど、こういう話をすると、じょーねつさんそれはつらいですよ、会社辞めたほうがいいです、と言われるのだけど、俺自身まったくそんな感覚がない。もともと俺が営業でやっていけると思っていたのは、いざとなれば精神科のお薬でもスマートドラッグでも何でも力を借りてしまって、体当たりでやってきゃあなんとかなるんじゃないか、と思っていたからで、いやその状況はすでに何とかなってないですよ!とツッコまれても、いや何とかなってるんじゃないかなあとしか思えない。やっぱ何とかなってないんですかね。

要するに大事なのは、アルコール・精神薬を使ってまで生きている自分が惨めに思えてしまうのかどうか、ということだけだと思う。自分が惨めだと思ったら本当に惨めになる。以前、しょっちゅうオーバードーズするメンヘラの人と話したときも、薬飲んでる自分を特別な人間だと思うなよ、お前はただ薬を飲んでるというだけで、それ以上の意味は1つもないんだ、などと俺は話して、今から自殺しますって話してる人間に俺は相当冷たいことをたくさん言ってしまったのだけど、そうやって物語を作ってしまうことに俺は本当に耐えられない。「じょーねつさん、私が死んだら悲しんでくれますか」なんて聞かれるほど、俺の中ではどんどん冷めてしまって、お前が死んでも1つも悲しくない、仮に俺が悲しんだところで、そんなことに何の価値もない。そういうことを言うのはやめろ。と話していて、俺はこの状況でこんなことが平気で言えてしまうんだなあと少し驚いた。

でもそれは本当にそうで、人間っていうのは、生きてるから面白いんだよな。意味なんか本当にどうでもよくて、ただ人間が生きてるってことだけが面白い。生きてる人間は面白い。死んだ人間はゴミといっしょだ。俺は一つも興味ない。だからとにかく生きろ。なんてことも言ってしまって、ここまで言うといい話風じゃないですか?でも本当に、みんな面白いから生きててほしいんだよな。生きてることには何の価値もないのかもしれない、けど。俺が確信を持っているのは、とにかく生きてるってことそれ自体が面白いんじゃないか、というかそこに可能性を見出すしかないんじゃないか、ということで、最近そんな話ばかりしている。

…別に話をまとめる気はさらさらなくて、犬猫と同じようにただ生きるってことが難しいこの世の中は本当にクソだなあと正直思うけど、にもかかわらず人間が生きてるってことは本当に面白いよ。マジでクソみたいな世の中だよ、ってヘラヘラ笑いながら話してるときの俺は、ああ生きてるなって感じがする。そういう一瞬一瞬を、大切に…ってのも違うな。ただ一瞬一瞬は過ぎていくだけなのだけど、せめてその間だけでも生きてるってことを感じられたらなあ、なんてことを俺は本当に思ってるのか思ってないのか、思ってても俺の頭をあっという間に過ぎ去ってしまうし、何かを思うというのは実に大変なことだ。思うなんて本当はどうでもいいのかもしれないけどさ、いや本当ってのもよくわからないけど、本当とか嘘とかどうでもよくて、みなさん本当にとにかく生きてください。マジでこれしか言ってねえな俺。