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ライフ・イズ・カルアミルク

本当のライフハックを教えてやる

記号論とか再考

気づいたら2ヶ月も更新してなかった。原点に戻ってクソブログっぽい文章書きます。だいたいはてなブログみたいなサービスに時間かけて記事書いちゃダメだ。

突然だけど記号論とか消費社会論とか、昔流行ったらしい(俺はリアルタイムで知らない)けど、最近あまり流行ってないっぽい(俺は社会批評あんま読まない)のは、何で何でしょうね。記号か!記号しかねえんか!って思うことたくさんあって、たとえば俺は甘いものが大好きなんだけど、近所のスーパーでタイムセール40%引きのシュークリームを買って家で日本酒ちびちび飲みながら食いのしてると、砂糖のかたまりを食わされてんじゃねえかって気がしてくる。これが進むと、もっと進むと、俺は何を食わされてる気になるんだろう。甘い塊?を食わされてる?そうだ、食わされてる!食っているのではなくて。

何というか、自由じゃないぞ。例えばもう、最近ぜんぜんオナホの話してないからするけど世に言う『気持ちいいオナホ』って「2分でイッちゃいました!」とかそういうので、それは「気持ちいい→射精する」という人間として自然(?)なメカニズムではなくて「射精する→あっ、気持ちよかったんだなあれは」って理由を後付けしてるだけなんじゃないか。「われわれは重要な問題について、いつも原因と結果を取り違える」と見事に喝破した内田樹先生にも同意してもらえると思う(全然関係ないけど、内田樹はいいセックスをするのだろうか)

「シコれる」「ブヒれる」とか、そういうインターネットのどん詰まりのゴミダメみたいな言葉も、そういうのと同じライン上にある気がする。絶対ある。そのうち甘いものを食べて思考停止に陥った状態を表すスラングが出てきてもおかしくない。「ガンギマリ」みたいなあれで。「コージーのシュークリームはキメれる」みたいなで。

要するに記号論とか消費論ってそういうことじゃねえのか、と思うのだけど、というか要してないけど、その空っぽ感、どこにも届いていない感って俺たちのリアルじゃん?「リアルじゃん?」って酒飲みながら話すとき、俺は絶対に目線を相手から大きく外しているんだろうな、と思いました。どうしようもない。