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ライフ・イズ・カルアミルク

本当のライフハックを教えてやる

つじつま合わせに生まれた僕等

同期と焼き鳥を食いつつ話したのが、同期曰く「iPS細胞の技術が発達して人間がいくらでも生き返るようになったら、人間の死生観が変わって殺人もひとつの個性として認められるようになるはず。酒鬼薔薇聖斗だってひとつの個性として認められるし、それは彼にとっても幸せなことじゃないか」って言ってて、へぇ!?って言ってしまった。

別に酒鬼薔薇聖斗は人を殺したかったから殺したわけじゃない。と思うのは「○○したいから○○した」という論理関係、文法が俺は信じられないからで、じゃあ自殺した人間はみんな死にたかったのかと思う。そこまで極端じゃなくても、じゃあエアロビをやってる人間はエアロビをやりたかったのか。えっ。俺の母親はエアロビが本当にやりたくてやってるのか?どうせ飽きて行かなくなるくせに!

因果。因果である。

欲望というのは言葉の問題・文法上の問題であるとウィトゲンシュタインもたぶん言ってると思うけど、本当にそうだ。世の中とか人間とかいうものはまったくのデタラメで、本当はしたいこと・やりたいこと・ほしいものなんて何もないんじゃないか。何もないところに何かがつくられて、何もないのに何かあると思わされてる。本当は何もないのに。欲望はつねに間違ってるから、人を殺していいですよって言われたってそれは欲望の成就にはならないのであって、そういうところにルールを作るのは、明文化するのは、文法を立ててしまうのは、間違っているのではないでしょうか。

何言ってるかわからないから簡単に言うと、世の中からグレーゾーンはますますなくなりつつあって、1つの価値、価値システム、あるいはシステムに収斂しつつあって、でも白か黒かはっきりしないといけないというのはつねに間違っている。酒鬼薔薇聖斗も俺も俺たちも、人を殺したいのであって人を殺したくないのだ。

システムは人間じゃないからつねに間違っているからどうしようもないのだけど、つねに間違っているものしかない、そういうものの内部にしかいられないというのは、どうしようもなく生きづらいんだろうな。間違いなく生きづらいよ。

話は飛ぶけど、酒鬼薔薇聖斗は逮捕された後に「亀に生まれたかった。亀は誰も傷付けないから」と供述したみたいで、なんだか他人事じゃないなと思った。俺だって何かの間違いで人を殺さないでここまで来たし、こうやってふつうに、何がふつうなのか知らないけど、ふつうに生きてること自体が何かの間違いみたいだと思う。何が正しいのか知ってるわけじゃないけどさ、ただ、何かこれは間違いなんじゃないかって、そう思う。あるいは思わされてる。

…そんなこと書いてたら、amazarashiというバンドの「つじつま合わせに生まれた僕等」という曲、ああこれだなと思いました。はしごさん(@haxigo)がオススメしてて知ったのだけどいいバンドですね。本当にどん詰まりだなという気がする。

http://www.youtube.com/watch?v=B9i1x_m27Xg